オークスが終わり、今週末はダービー(5月31日/東京・芝2400m)。春競馬はクライマックスを迎える。先日のインタビューで、オークスの注目馬に「ミッキークイーン」を挙げ、見事に的中させたホソジュンこと、元ジョッキーの細江純子さん。ダービー出走馬で、注目しているのは? 思い出のレースや関係者の思いなどと併せて、大いに語ってくれた。
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日本ダービーは、本当に特別なレースです。普段競馬を知らない方でも「ダービー」という言葉はみなさんご存知ですから。新聞などの各種メディアでも、芸能人やスポーツ選手が予想されたりして、ダービーウィークというのはメディアも関係者も、ワクワクした気分になります。
何千頭の同世代の馬の中から一生に一度の頂点が決まるということでも、特別なレースと言えます。世代の頂点を決めるというのは、人間の世界ではないですからね。高校野球でも1年から3年までチャンスがあります。それを考えると、強さだけでなく巡り合わせの運も求められます。すべての要素が揃わないと勝つことはおろか、出走すら叶わないという厳しさもダービーの一面でしょう。
競走馬ですのでケガはつきものですし、自分は万全なのにゲートで隣の馬が暴れてそれにつられて出遅れてしまうとか、そういった不確定要素もある中で勝ち抜いてきた馬たちが顔を揃えるのです。
私が騎手のときは、あまりにも遠い存在のレースだったので、恥ずかしながら何も理解していませんでした。ですが、この仕事をするようになって、知れば知るほど奥深いものだと感じます。普段、ほかのGIではそんなことないのに、ダービーだけは、競馬場内の雰囲気がお祭りのよう。あれは本当に不思議ですね。
私がこれまでダービーを取材していて一番感じられるのが、人や馬の「執念」や「怖さ」です。怖くなるぐらいの気迫だとか、そういうものが伝わってきますし、勝つ人馬こそ、それが本当に強いのです。
そういう意味で真っ先に思い出されるのが、まず2002年のタニノギムレット(父ブライアンズタイム)です。タニノギムレットは皐月賞、NHKマイルカップと続けて1番人気ながら3着に敗れ、ダービーに向けて今度こそ負けられないという状況でした。
そのダービー直前に、タニノギムレットを管理していた松田国英調教師に馬を見せていただいたのですが、発する「気」が怖くて近づくことができませんでした。私自身、騎手時代から馬には慣れているはずなのに、彼を見たときに「馬ってこんなに怖いの!?」と足がすくんで近づけないほど。自分がタニノギムレットを見ているというよりは、タニノギムレットに見下ろされているような感覚で、殺気立つ怖さがありました。今までの知っている「馬」とは、まったく違う生物のように感じたのです。
2012年のディープブリランテ(父ディープインパクト)が勝ったときのことも印象に残っています。あのときは、人。岩田康誠騎手は正直、怖すぎました。
そういえば最近、あまりのごぶさたにエッチを想像することすらできず、
自分は処女なのではないか? と思える瞬間も‥‥ナンチッテ。
冗談はさておき、競馬の世界では武豊騎手が「歩く競馬四季報」と呼ばれ、
馬のデータがビッシリと頭に入っていることで有名ですが、
取材をしていて競馬に関する記憶力のよさに驚いてしまうのが、岩田騎手とデムーロ騎手。
岩田騎手に関しては、自分が乗っていない馬についての斤量までも記憶。
一方のデムーロ騎手は、またがらずとも馬の顔や表情、しぐさから、
過去に乗ったことのある馬だと判断してしまうこともあるのです。
やはり一流の方々は違いますね~。
エルムSはクリノスターオーを本命に。
前走は記憶の天才・岩田騎手で帝王賞6着と敗れましたが、
初のナイターと条件も厳しい中での競馬。再度期待します。
それでは皆さん、週末は競馬場、
もしくは「みんなのKEIBA」(フジ系)でお会いしましょう。ホソジュンでしたぁ。
ていうか創造であって欲しかったわ…
「“ナマコ効果”でアソコがシマる!?」
http://asageifuzoku.com/h/post/20376/
「夏場に変わり身!若手騎手にも注目」
http://asageifuzoku.com/h/post/20369/
などなぢアサヒ芸能では下ネタばかり書いてるよw
酷すぎる・・・・
「さて、」の前後の落差に吹いた
駅で笑いをこらえきれない
しかも約20年前といえば、特に男性社会だった競馬サークル。
パワハラ・セクハラ・モラハラなど、こんにちは状態。
今でも忘れられないのが、
「ジュンコ、お前は馬を追う時に腰の入りがイマイチだ。このビデオを観て勉強しろ!お前は外国人をお手本にしたほうがいい」
と、渡されたビデオテープ。
観ると、そこに映し出されたのは外国モノのAV(今にして思えば、確かにすばらしい腰の入りだった‥‥ナンチッテ)。
しかしながら、当時処女だった私にとっては気持ち悪いだけで、すぐさま返し、その後は口も利かなかったのですが、
1年後、そのビデオテープが女子寮に戻っていたのです。調べると後輩も同じ手に‥‥。
http://asageifuzoku.com/h/post/20318/
21歳時点では処女
http://asageifuzoku.com/h/post/19446/
4年に1度のオリンピック。その日のために日々歩み続けてきた方々が全力で競技に励んでいる時に、
某競馬番組の舞台裏では、こんなオゲレツな会話が‥‥。
「僕、ソチ(ン)オリンピック優勝!! まさに金メダル!!」
と、I先生。
「どれどれ? ワカル~」とオマタをのぞき込む私に、
「ショートプログラム!!」と、追加のシモネタが。
すると、その横で2人の会話を聞いていた若き乙女が、
「ソチンって、何ですか?」
と、キョトンとした表情。粗末なチン〇ンとも言えず、股間を手で触りジェスチャーする私に「ア~」とうなずきながらも、何を思ったのか、
「ホソエさんもですか?」
「いちおう私、オンナですから。ついていません!!」
彼女に取って代われる属性のタレントは当分現れることはないし、大胆だわな。
まぁ、その場の空気なりの喋りができるし頭はいいわ。
その喋りも相当にトレーニング積んだんだろうな、というのもわかるし。
次に様モノAVを貰うのは藤田菜々子さんか。
読ませる文章書くあたり文がうまいね
http://asageifuzoku.com/h/post/20241/
1歳半になる息子のエロエロぶりが勢いを増している。
「オ~チンチン」と自分のムスコをつかむだけではもの足りなくなったのか(?)、最近はパパの股間もニギニギし、満足している。
また、オッパイの飲み方にも急激な変化が‼ 私に抱かれながらチュパチュパしていた以前とは違い、
「パイチ、パイチ」と言いながら私の服を脱がすと、床に寝ろと指図。
横たわる私に馬乗りになると、まずは恥骨あたりで上下運動を始める。そして数回ピストン運動を繰り返したあと、
ようやくオッパイを飲むのですが、飲み終えると今度は足でオッパイをいたぶり、「キャッキャッ」と笑い声。
しかもそれだけではもの足りないのか、最後は柱に貼りつけてあった30センチほどの衝撃吸収クッションをビリビリと剥がし、ムチを使うようにビシビシと私目がけて連打。
DNAと常日頃から競馬を見ている影響なのだろうか‥‥!~ 1歳半にして、すでにドSエロ、先がコワイ‥‥。
ひょっとして自分がブスであることを自覚してない?
自覚はあるみたい
http://asageifuzoku.com/h/post/20335/
福島・新潟は、食べ物とともに温泉も有名で、騎手時代は、ともに寮に滞在していた先輩や職員の方と日帰り入浴に行ったこともありました。
そんな中、今でも忘れられないのが、とある露天風呂でのこと。
大きな勘違いをしてしまった私は、スッポンポンの状態で男性風呂へと侵入。
通常なら私が悲鳴を上げたくなるところ、男性側から「オイオイ勘弁してくれよ」の声‥‥。
しかも、当時はまだ20代だった記憶が‥‥。
若き乙女がハダカになっても、殿方に優しくされない我が人生、振り返ると本当にツライワ~。
上級者はとっくに知っていてズリネタにしている
同意だがスレがこれだけ伸びるって事は今更気付いたニワカが多いんじゃね?
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